大冨神社(福岡県豊前市)(1)

大冨神社(福岡県豊前市)(1)。

正面の鳥居。先に拝殿が見えます。

名称 大冨神社
住所 福岡県豊前市大字四郎丸山田256番
駐車場
備考 ウィキペディアより。現在は、大富神社と称するが、古来は宗像八幡社とも称され、大富神社神輿の古い鏡には大富ノ神とも宗像ノ神とも記されているという。はじめ、真早という者が宗像三女神の神託が下されたのに始まり、宗像神社宝鏡記によると白鳳元年(671年)、山田庄長横武某に住吉大神八幡大神の神託が祀ったという。 社伝によると、崇神天皇の時代、この地で疫病が流行したが、国主が当社神主に祈祷させると速やかに治まったという。延喜式神名帳の記載はないが、日本三代実録貞観2年(860年)10月3日条には豊前国大富神に従五位下を授くとある(式外社)。当地(山田庄)には平安末期頃、宇佐神宮弥勒寺(神宮寺)があり、宇佐神宮との関係が深い。境内には、古来宇佐宮への勅使がこの地に宿泊する際に水を汲んで供した「勅使井」と呼ばれる井戸があり、現在でも神職が宇佐宮にこの井戸の水(御神水)を持参している。

手水舎。

楽殿

山田の感応楽 大冨神社に伝わる山田の感応楽は口伝書によれば、文武天皇酉年(697年)より始まったといわれ、小倉の道原楽とともに旧豊前地方を代表する楽打である。以下略